MQLをラインで実用化

−潟~ツバ利根工場の場合-


機械と工具 編集部

初出誌 機械と工具  2001年7月号
 切削油を減らしたい,できれば無くしたいというニーズに対応して,各種のMQL装置が販売されている。しかし,装置は購入できたとしても,満足できる加工結果を得られるようになるには,多くの課題を克服しなければならない。加工の現場では,加工精度,加工効率を落とすことなく, 切削油を削減しなければならないからだ。自動車の電装部品製造の大手,(株)ミツバの利根工場では,MQLに実績のあるフジBC技研の協力を得て,この難しい問題を克服,MQLをラインの中で実現して高い成果を上げている。ここでは,同工場成功の要因についてレポートする。
切削もプレスも油の使用が1/10に
 10年前の利根工場は,ほかの加工現場と大きく変わるところはなかった。工場の環境は,油が床に流れたり,ミストが発生したりといったものだった。その環境改善のため, 10年前にTPM(トータルプロダクトメンテナンス)活動を開始。当初,局所的カバーを設けたり,局所的にミストの回収などを試みるが,満足できる結果は得られない。5年前, TPM活動への取り組みを本格化,将来の完全ドライ加工を念頭にMQL導入に着手した。しかし,MQLを導入するためといっても,加工条件を下げてしまっては意味がない。回転数など,工作機械に関してはその能力を最大限引き出すようにし,従来と同様か, もしくはそれを上回る加工条件としながら,MQLの実現を図って行かなければならない。

 MQLが最初に試みられたのがアマチュアシャフトの加工。従来この加工には,多量の切削油が使用されていた。適用されたのは,シャフトの外径旋削と軸方向の穴あけ加工。もちろん,当初から上手くいったわけではない。切屑処理,工具寿命,ワークの蓄熱など,多くの問題を抱えていた。

 切屑は,一般的には細かく砕くことで処理をし易くする。切屑が絡むと自動機では致命的なトラブルとなる。しかし,粘りのある材料の場合,切屑が伸びてトラブルを起こしやすい。このケースがまさにそれに当たる。また,ここで使われた工作機械は,湿式加工用のもので,ドライに向いたものではなかった。ある旋盤は,ワークを支持するブッシュに当たる部分が3点のローラになっており,切屑が細かく砕けると,ローラ部に切屑が挟まってワークと干渉し,ワークの外径寸法不良をもたらしたり, ローラを傷つけるといったトラブルが発生した。そのため, 切屑は“中途半端に切らない→つなげる”方式が採られた。具体的には,チップのランド幅を多少大きくすることで,巻きの径が10mm程度と小さくカールした切屑として処理を容易にした。また,ミストクーラントを供給するノズルにも切屑が絡むといったトラブルが発生した。このためノズルをやめ,オイルホール付きのバイトとして,ホルダの穴から直接刃先にミストを供給,トラブルを回避した。MQLで心配されることの一つに,工具寿命の問題がある。この場合も,やはり刃具の寿命が低下するデータが出た。そのために“新しい工具”が必要とされた。具体的には,熱に強いコーティングが必要とされる。そのころ,雑誌記事などで紹介されていた新しい工具に注目,旋削用ではなかったそのコーティング工具の特性を旋削用に適用することを検討,工具メーカーとの共同研究の結果,2倍の寿命を持つ工具を得た。ワークの蓄熟も大きな問題であった。切削油は,加工で発生した熱を切屑とともに取り除いてくれる。また,切削油の気化熱がワークヘの蓄熱を防ぐ役割を果たす。しかし当初MQLでは,加工した直後のワークは,手で触れられないほどに温度上昇していた。寸法もばらついてしまった。これには,新しいコーティング工具の採用と,さらに簡易的なエアクーラを使用することで対応した。−14℃程度の冷却空気を刃先とワークが触れている部分に供給できるエアクーラのおかげで,安定した寸法が得られるようになった。穴あけへのMQLの適用はさらに難しい。ここでは,シャフトの軸端にスチールボールが入るための穴をあけている(軸方向への穴あけ。直径φ2.4mm,深さ1.8mm)。ワークが回転し,ハイスのコーティングドリル(TiN)は固定して加工が行なわれる。オイルミストは,ドリルの溝に沿って刃先先端に供給される。しかし,工具交換するとその位置がずれてしまう。そのため,位置がずれないノズルをこのために作成,実用化に漕ぎ着けた。

 シャフト加工へのMQL適用成功を受けて,同社のプレス部門でもMQLを使えないか,という意見が出てきた。これまでにプレスにMQLを適用した例は,あまりない。従来から, 油を型に塗布する色々な方法はあった。布に油をしみ込ませておいて,そこを通して、型に塗布するとか,点滴のように型に油を塗布するという方法が採られていた。重要なのは, 上の型と下の型に,少ない量で均一に塗布すること。しかし,従来の方法では加工上問題はないが,油の量が多くなってしまう。

 金型の場合にも,当然寿命を短くすることは避けなければならない。現在,金型の寿命が変わらないところまで油を減らして実行されている。現在200トンプレス4台,125トンプレス3台の計7台でMQL装置が稼働している。プレスでは過去にMQLのデータがなく,またテストを行なおうにも金型が高価なためリスクが大きすぎることも,適用を難しくしている一要因である。ここでは,MQに多くの実績を持つフジBC技研の技術蓄積も実用化へ大きな貢献をした。

完全ドライ加工を見据えて新技術を開発
 同工場の工程は数多い。MQLが適用されているのはまだ一部に過ぎない。現在湿式で行なっているシャフトの加工にMQLが適用できないか,現在検討されている。しかし,これが簡単ではないのだという。機械の形番が異なると,また年式が異なると,行なうべき対策が変わって来るという。結局一品一様の対応が求められるという。“環境への対応”を高度な次元で実現するためには,工場全体での明確な方向性と共通の理解が必要とされる。工場長・栃木正即氏の“環境改善”への考えは明確だ。栃木氏は,「環境改善に取り組むことで利益が出せる」と言い切る。「ISO14000で、研究開発、対策などに資金はかかる。しかし、油代が激減したり、油の廃棄代も不要となる。切り屑の処理も簡単、などのメリットが出る。さらに、従業員には働き易さといった形で還元されるメリットもある。どれだけ投資して、どれだけメリットがあったか、今後“環境会計”で考えて行きたい」(栃木氏) という。さらに自動車部品製造を行っている同工場では、納品先が自動車メーカーであるところから、環境への積極的な対応が、企業としての高い評価にもつながってくるという。

 同工場では、環境を始めとした工場内の“改善”のために、専門の担当者を構成している。従来から行っている“改善活動”によって人的な余裕を作り、優秀な人材をさらに工場強化のための“改善活動”に登用している。今回の環境改善も、それら工場長直轄の「工場改善グループ」「技術開発グループ」があたった。

 利根工場では、本社に頼ることなく、工場独自に改善、技術開発、を行い、積極的に技術蓄積を行っている。たとえば、阪神大震災の直後、シャフト材の供給が止まり、海外の材料を使用しなければならなくなった。その際、他の工場では、多くの新しい材料を削ることができなかったが、利根工場では1種類を除いて、すべての材料の加工データを作成。他の工場へもその技術を供給して対応したという。

 現在同工場は、独立採算ではないものの「いつ、そうなっても対応できるようにしておきたい」(栃木氏) という。「目先の数字だけ見ていると、費用がかかることが目に付く。しかし、“環境改善”に取り組んで、それが有効に働くと、逆にコストダウンになって利益を生む(栃木氏)」。そのような明確な視点を持つことが「環境改善」成功の最大のポイントではないだろうか。シャフト加工、プレス加工とも、油の使用量を1/10以下にしており、取り敢えず第一段階はクリアした。シャフト加工では、工具メーカーとの共同研究で、MQLに最適な工具を完成させた。1個あたりの工具費は高くなるが、工具寿命は2倍となり、段取りが減り、コストメリットを生み出した。それまであった切削油タンクが撤去され、加工機械の占めるスペースが半減した。現在は、さらなるMQLの適用拡大を目指している。

 利根工場では「簡単ではないことは理解している」(栃木氏) としながらも、その先にある完全ドライ加工の実現を視野に入れて、次の技術開発と改善に向かっている。




【株式会社ミツパ利根工場】
965年4月(株)三ツ葉電機利根製作所として設立。ワイパー・ウォッシャーモータ生産開始。
66年,コンミテータ加工開始。
82年,(株)三ツ葉電機製作所と合併して利根工場となる。
91年,TPマネジメント導入。
98年3月,ISO9001認証取得。
99 年6 月ISO14001 認証取得。
2001 年3 月, QS9000認証取得。

建物面積13,587m2。従業員283名,派遣社員12名。機械台数約950台。
主要製品はアマチュアシャフト,コアユニット,コンミテータ,アマチュア組立品,モ−タ完成品,など。モータのうち, 車のリアワイパーモータは月産24万5,000 個。
国内で走っている車のリアワイパーモータの約6割がこの工場で生産されたもの。サンルーフモータは月産25,000〜 30,000個,シートスライドモータ月産60,000個,パワーウインドモータ月産25,000個など。またアマチュアシヤフト(モータの軸)は月産175万本。モータの心臓部であるコンミテータ(整流子)の部品加工も担当。海外(10拠点)を含めてミツバすべての分(320万〜350万個/月)をこの利根工場で生産している。現在,TPM活動(設備のメンテナンス)を推進中。今年8月にはPM特別賞を取得予定。

〒378−0124 群馬県利根郡白沢村大字尾合300
      
本原稿は著者及び初出誌出版社の許可を得て掲載しています。
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